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2022.07.01
「自殺」「自死」という言葉は正しいのか? 弁護士 本上博丈
過労死の労災請求や損害賠償請求の案件の中には,心筋梗塞などの脳心臓疾患の事案のほかに,うつ病などの精神障害に罹患して死に至ったという事案もある。最近は受任事件ではその方が多い。その場合を,報道を含めて世間的には「自殺」と称されている。「殺」という文字のせいか非常に強い否定的な語感があるために,遺族は「自らどうして死を選んだのか」と後々まで苦しめられるという2次被害を受けるし,世間は忌み嫌う。建物内で死亡した場合は,病死であれば問題にならないのに,「事故物件」と扱われるのが現状である。
しかし,世界保健機関(WHO)の2014年報告では、自殺で亡くなった人のうち精神障害のある人は90%とされている。しかも,精神障害の症状として「希死念慮」にとりつかれることがある(典型がうつ病)。その場合,本当の意味で自由な意思で自ら死を選んだのでは全くなく,精神障害の症状として死に至ったと見るべきだろう。死は精神障害の症状経過であって,自由な意思どころか,自ら選んだものですらない。
労災保険法12条の2の2第1項は,労働者が故意に死亡したときは労災保険給付を行わないと定めていることから(自業自得という考え方と思われる),「自殺」は故意による死亡だとして労災給付されない時代が比較的最近まで続いていた。労働省労働基準局長の平成11年9月14日付け「精神障害による自殺の取扱いについて」と題する通達によってようやく改められたのだが,その根拠となった考え方は「精神障害によって正常な認識,行為選択能力が著しく阻害され,あるいは,自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態」で自殺したと認められる場合には故意による死亡には当たらないというものである。要するに,精神障害の症状から自殺した場合は,自ら選んだ死とは見ないということだ。
最近は,「自殺」ではなく「自死」に言い換える場合が増えてきており,私自身も事案の説明として「自死」を使っている。しかし,正しくは自ら死を選んでいるわけでもないので,「自死」ですらない。精神障害の症状経過として死に至ったのだから,本当は「病死」が正しいと思う。先ほどのWHOの報告からすると,自死者の90%は「病死」ということになる。(2022年7月1日記)