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一般民事・家事

2021.08.08

ゴンチャロフ前田颯人君過労自死事件の示談成立について     弁護士本上博丈 

1 ゴンチャロフ製菓の社員だった前田颯人(はやと)君が2016(平成28)年6月24日朝の出勤途上,電車に飛び込んで自死した事件(当時20歳5か月)について,2021(令和3)年6月11日会社との間で裁判外の和解が成立したことを,7月2日母前田和美さんとともに記者発表した。なお労災認定は,2018(平成30)年6月22日付けでなされていた。この事件は,当事務所の八木和也弁護士と本上の2人が担当した。

2 前田君は高校卒業後の2014(平成26)年4月ゴンチャロフ製菓に正社員として入社し,同社東灘工場で夏場はゼリー等,冬場はチョコレートの製造に従事していた。長い歴史のある神戸の著名企業に就職できたことを家族共々喜び,おいしいと幸せを感じてもらえるお菓子作りに意欲的だったそうだ。
 しかし2015(平成27)年10月ころから年末にかけて,A上司は,前田君をあえて他の従業員がいる前で大声で怒鳴るということを相当な高い頻度で繰り返し,声の大きさは周囲を不快にさせるほどの大声だった。また,出勤時間が他の社員と比べて遅くなると,所定始業時刻には十分間に合う時刻であっても「社長出勤やな~」と嫌味を言い,ロスを出せば前田君に対してだけ「牛のえさ作っとるんか」などと馬鹿にしていた。その叱責等の中には,前田君を威圧する,あるいは馬鹿にしたり人格を否定するものも数多くあり,かつ他の従業員に対するものと比べて明らかに差別的なものだった。
 会社も,最終的な和解の中では,A上司の前田君に対する叱責は,A上司の仕事への真面目さ・責任感が背景にある「行き過ぎた指導」では説明が付かないものであり,前田君を標的にしたいじめに相当するものであったと言わざるを得ないことを認めた。
 また前田君は,A上司から激しいパワハラを受けていた2015(平成27)年9~12月当時,最大で月100時間を超える長時間残業を強いられていた。
 前田君は,上記パワハラ及び長時間労働といった会社の業務に起因する心理的負荷の結果,遅くとも2015(平成27)年12月ころ,うつ病エピソード(ICD-10のF32)を発病し,その症状が継続する中で,精神障害によって正常な認識や行為選択能力,自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態に陥り,2016(平成28)年6月24日に自死したものと推定された。精神科の受診歴はなかった。

3 和解内容の特徴
① 労災認定では明確に認められなかったパワハラ(いじめ)を,会社が認めたこと
  A上司について,労災認定ではその叱責は業務指導の範囲内とされた。しかし,遺族側が同僚等関係者合計12名から事情聴取した結果と,示談交渉の過程で会社が調査を委託した第三者弁護士による関係者の事情聴取結果とから,A上司の「行き過ぎた指導」では説明がつかない言動であり,前田君を標的にしたいじめに相当するものであったことを会社も認めた。労災認定を乗り越えるパワハラ認定を,裁判を経ずに得られたことは特筆すべきことと思う。
② 過去の会社コメントの誤りの自認
  会社は,遺族の労災請求及び本件労災認定が報じられた,それぞれの機会に,マスコミに対して「過重労働やパワーハラスメントがあったという認識はない。」とのコメントを行い,それが報道されていた。しかし,本和解に際して,そのコメントが誤りであったことを認めた。
③ 会社代表者の遺族及び颯人君への謝罪
  会社の光葉社長が,前田君の本件過労自死及びその後の不適切な会社調査等のために原因の解明と責任の明確化が遅延したことについて,前田和美さんに謝罪した。また颯人君に対しても仏前にお参りして謝罪した。
④ 会社による上記①の認定を前提にした,パワハラ(いじめ)加害者A上司の処分等
(1)A上司に対して,それなりに重い懲戒処分がなされた。
(2)損害賠償金の一部をA上司自身が負担して支払った。
⑤ A上司以外の責任者の処分等
(1)A上司のパワハラ及び違法な長時間労働の放置について,会社はB工場長の責任を認め,B工場長も一定の懲戒処分を受けた。
(2)製造部門担当の取締役が次回株主総会の任期をもって引責退任することになった。
⑥ 遺族側による従業員向け講演
  前田君の尊厳回復と再発防止のための前田和美さんと代理人八木弁護士による従業員向け講演(颯人君の命日前日の6月23日に実施)
⑦ 再発防止のための取組み約束と20年間の報告
  本件の再発防止を万全にするため,毎年,前田君の命日である6月24日ころパワーハラスメント及び過重労働を防止するための従業員向け集中取り組みを行うことの確約。そして,2040年までの20年間,前田君の命日ころの従業員向け集中取り組みを含めてパワーハラスメント及び過重労働防止のために会社が過去1年間に行った労働安全衛生対策の具体的内容を書面にて報告する。

4 本事件では,母前田和美さんが実名,顔出しで前面に立って真相究明と会社の責任追及を訴え続け,共感した人たちが「解決を求める会」を結成して和美さんと一緒に本事件を多くの人に知ってもらい,署名協力をお願いする活動を,JR六甲道駅など東灘工場の地元となる神戸市灘区を中心に息長く続けてこられた。その中で,元派遣社員の方2名から本件パワハラに関する貴重な情報が寄せられ,最終的なパワハラ認定の基礎にもなった。
 また労災請求準備段階では,同僚など関係者10名から協力を得て事情聴取することができ,前田君の人柄,人間関係や和美さんの熱意の賜物だった。
 出発時点では客観証拠に乏しく,何の権力も財力もない遺族側だったが,多くの人の助けを得て,時間は少しかかったが,真相を逃がさずに捕まえることができたと思う。
 示談書調印の席で和美さんが「これでやっと颯人の尊厳を守ることができた。」とおっしゃったのを聞いて,和美さんは生前の颯人君と一緒にずっと苦しんできていたんだと今更ながらに気づかされた。いじめは,人間の尊厳を壊すものだと認識しなければならない。
 会社の光葉社長が颯人君の仏前にお参りした際,私たちもお参りさせていただいた。若くて凜々しい颯人君の遺影を見て,2015(平成27)年10月ころから亡くなるまでの颯人君を想像すると,言葉を失った。

 神戸の老舗企業ゴンチャロフには,颯人君が望んだような愛される会社に生まれ変わる責任がある。

(2021年8月7日記)

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