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2025.02.16
私の村上春樹論
私は、村上春樹の作品をこれまでほぼ全て読んできた。好きな作品は何度も繰り返し読んでいる。新刊が出るとなれば発売日を楽しみに待ち、発売されればすぐに買って読むことを続けている。これまで何人かに村上春樹を読むように勧めてもきた。
ただそんな私も、村上春樹が本当に好きな作家なのかと問われると、悩んでしまう。私の行動からは、村上春樹をかなり好きな人ということになるのだろうが、どこが好きなのかを聞かれても、上手く答えられないでいた。逆に、村上春樹が好きではないという人がいたら、ああ、そうだろうなとすぐに理解できる。好きでない理由はたくさんみつけられるのだ。
村上春樹の作品というのは、それくらい奥が深く、村上作品を論評するというのは、それくらい難しい。が、今回チャレンジしてみることにした。
村上春樹の特徴の一つはデタッチメントだ。作品の主人公たちは、社会と深く交わろうとはしない。仕事もそこそこに、家族か、そのわずかな友人たちの中で暮らしている。政治や社会のマジョリティーにはどうも馴染めず、自分の世界を深く掘り下げていくことに時間を費やしている。
ここに物足りなさを感じる読者も多いと想像する。他方で、ここに魅力を感じる読者も多い。ちなみに私は、自分の性格とは異なるが、デタッチメント的人生観は嫌いではない。現代にはびこる勝ち負けをはっきりさせる世界観のアンチテーゼとして、村上春樹が作品で表現する人生の奥深さに共感を覚える一人である。
もう一つの特徴は男女関係だろう。主人公は、女性との関係に問題を抱えていることが多い。が、女性からはよくモテる。この点が嫌いだ評する人が結構いる。性描写がリアルであることも相まって、女性の心情をどこまで村上春樹が理解しているのか分からないと疑問が投げかけられる。
私は、逆に男女の物語りを美しく紡ぎあげる技術が素晴らしいと思っている。ここに村上春樹の魅力があると思っている。村上春樹が描く男女関係は、私の心に愛おしい何かを呼び覚ましてくれる。批判する人にはもう少しフラットに読んで欲しいと思う。少なくとも主人公は女性の尊厳を損なうような発言、行動は絶対にしない。そして、そうした思想を持つ登場人物を心から軽蔑している。村上作品は、きっと心を清らかにしてくれるはずである。
私は、最近村上春樹の代表作ノルウェーの森とネジ巻き鳥のクロニクルを英文で読んでみた。日本語で読めば数日で読める小説でも、私の英語力では半年以上かかる。
半年かけて丁寧に読んでみて初めて分かったことがいくつもあった。村上春樹の作品は壮麗な建築物をイメージさせた。すべての登場人物、すべての場面、すべてのセリフ一つ一つに全く無駄がなく、完璧に設計されていることに気がついた。村上春樹は、最高の建築家であった。
村上春樹が、文体のもっとも美しい作家の一人であることは異論はあまりないと思う。ともかく、読後感が最高だ。その美しさの真髄は、細部まで手を抜かない表現技法の巧みさだけではなかった。全体としての仕上がりの美しさ、完璧さにこそ本質があった。村上春樹は、従来の小説という枠におさまらない偉大な芸術家であった。 八木和也