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2026.02.15
自民党大勝の結果について思うこと
総選挙は自民党が単独で3分の2を占める大勝で終わった。これで高市自民党は、参議院で否決されても、予算案や法律案を通すことができることになった。
今回の選挙結果で何が高市自民党をあそこまで押し上げたか、何が中道その他のリベラル勢力を壊滅に追い込んだのか、様々なところでいろんな分析がなされているが、あまり触れられていない私が考えるポイントを述べておくことにする。
私は選挙戦が始まった当初は、高市総理が解散総選挙を決断した常識外れのタイミングや、中道改革連合の突然の誕生、同じ志向性を持つ参政党や維新などとの票の奪い合いなどから、自民党は苦戦するのではないかと予想した。
しかし、現在は国民が政党を政策で選ぶ選挙ではなくなっていた(私の選挙の見方は古いものであった)。新しいネット時代の選挙は、人物で選ぶ選挙であり、かつ、その人物がもっている物語がどれだけ刺さるかで決まる選挙であった。
私が、高市総理が有権者の心をつかんだタイミングは、選挙公示日に自らの物語を語った街宣の場面だったと思っている。
彼女は、地盤も看板もなく、庶民の出だった。しかも女性でもあった。自民党は信じられないような古い世界で、世襲がものを言うし(二世議員たちがやたらと幅を利かしている)、あからさまな女性蔑視の世界である。ハラスメントもたくさんあっただろう。それでも彼女は、歯を食いしばり、たいへんな辛酸を舐めさせられながら、30年以上もの歳月をかけ、自民党の総裁にまで上り詰めた。彼女は街宣で、その時の苦労を思い出し、涙ぐんでいたという。
この物語により、彼女は古い利権にまみれた政治を壊し、新しいクリーンで真に国民のためになる政治を実現してくれる存在なのではないかとのイメージを刷り込むことに成功した。
この裏返しとして、中道の代表となった野田佳彦や斉藤哲夫は、古い政治家グループの一員で、政治の刷新を拒むために手をくんだ悪者にしか見えなかった。少なくとも彼らには、国民を引き付けるだけの個人的な物語は皆無だった。単に選挙目当てで一緒になった権力にしがみ付く醜い老政治家としか見えなかった。
一旦、選挙戦におけるキャスティングが決まってしまうと、そのあとに出てくる高市総理のスキャンダル(統一教会との繋がりや裏金、討論会の病欠)などは、古いグループが保身のために高市総理を引きずり下ろすために巡らした策謀の一つとしかみなされなかった。
逆にそれは、高市総理を熱狂的に応援する人々にとっては、ガソリンとなった。そして、高市総理の動画は何度も切り抜かれ、信じがたいペースで回転を続けることとなった。
今回の選挙は、どこでも言われているとおり、政策の選択選挙ではなく、人物の選択であったし、かつ、その選択は自らの物語でいかに感動させられるかが基準であった。こうした観点でみた場合、たしかに自民党高市総理の圧勝であった。
しかしながら、高市総理のこのやり方はきわめてリスクが大きい。
高市総理はいわば自分をコンテンツ化した。ご存じのとおり、コンテンツは消費をし尽くされればすぐに飽きられ、見向きもされなくなる。飽きられないためには、何かわかりやすい事件を次から次へと引き起こさなければならない。いわば高市総理はユーチューバーとなった。
複雑な利害がからむ国政のかじ取りを、この方法で乗り切れるとは私はとても思えない。自民党の政治家たちは、いろんな利害を持つ業界団体と深く結びついている。ユーチューブを視て支持してくれる国民ほどシンプルではないのだ。高市総理はこれからその利害調整や説得に時間の大半をあてねばならないことになるだろう。高市政権の政権基盤の弱さを考えれば、高市政権はやはり早晩行き詰ることになるだろう。八木和也