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2025.03.31
物価高について思うこと
物価高が生活を直撃し、財布のヒモも厳しくなってきた。タクシーの運転手さんは口をそろえる。長距離は外国人のみだ、と。スナックのママも、お客さんが来店回数を減らしていて経営が厳しいと。
物価が高くなって、生活必需品以外の支出についてはできる限り絞る。そのため必需品以外のサービスを提供する産業は経営が非常に厳しくなっていると感じる。
私が疑問に思うことは、第2次安倍政権(2013年12月)以降、物価を上げることが政権の大きなテーマで、物価さえ上がり始めれば人はお金を使い始めると聞かされてきたことだ。日銀の異次元金融緩和はそのために行われてきたことだ。
物価が上がり始めて今日100円で変えたものが、来月には120円になると思えば、人々は100円のものを買うはずだ。当時はデフレで、100円のものが来月には80円になると思えば少し我慢して安く買えるのを待つ。だから物価が上がり始めないと、景気は良くならないのだと。
ところが、今起きていることは逆で、これから生活費がどんどん上がっていって、給与は変わらないだろうから、出来る限り消費を控えようという方向だ。
政府は今は、物価高には良い物価高と悪い物価高とがあって、「良い物価高」にするには給与が上がり始める必要がある。今はまだそれが起きていないと説明している。
物価高には二種類あるなど私は聞いたことがなかった。政府も、人々の給与を上げることを目指しているなどまったく言っていなかった。
政府の経済にまつわる話というのは、これぐらいいい加減なもので、決して信用すべきではないと私は思っている。そのほとんどが嘘か、良くても的外れだ。
肝心なことは物価が上がるか下がるかではなく、どうやって人々の日々の暮らしぶりを安定させ、将来の可能性や目標に人々の意識を向けさせるかだ。
そのために何が必要かなど、とっくに答えはでているはずなのだ。
次回に続く。 八木和也