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2021.08.31
裁判所の電話保留音
コロナ禍になり、裁判期日は、ほぼチームズというソフトを使用したweb会議か、双方代理人と裁判所が電話でやり取りをする電話会議にとってかわった。電話会議の際は、裁判所が相手方代理人に電話をつなぐ間、電話保留音が流れる。大抵聞き流しているが、ある時ある裁判所の保留音がベートーベンの「悲愴」第3楽章だと気が付いた。「悲愴」と聞いてもピンとこないかもしれないが、特に第2楽章はテレビなどでもよく使用されるので、1度聞けば「あー、あの曲ね。」となると思う。そして、この曲はベートーベン自身が「悲愴大ソナタ」とタイトルをつけた珍しい曲だそうだ。
悲愴とは、「悲しくいたましいこと。また、そのさま。」を意味する。そして、「悲愴」が作曲された時期はベートーベンが難聴を発症しだした頃と一致する。ピアニストや作曲する者にとって耳がよく聞こえないというのは、どれほど過酷な状態であろうか。しかし、一方でベートーベンはこれを作曲したころ、友人にあてて「この運命に打ち勝つ」といった手紙を書いたそうだ。確かに、「悲愴」は全章にわたり曲調もただ悲劇的ではなく、時に優しく、美しく、力強い旋律を奏でる。そして、ベートーベンは難聴がひどくなり、完全に聞こえなくなった後も数々の名曲を作曲した。
この「悲愴」が裁判所の電話保留音なのだ。確かに、裁判所はトラブルが持ち込まれる場であり決して楽しい場所ではない。しかし、裁判所は人々がトラブルを解決して、自分の人生を前に進めるための場でもある。裁判所が何故この「悲愴」第3楽章を保留音にしたかはわからない。単に電話機に設定されていただけかもしれない。しかし、べートーベンが悲しくとも「この運命に打ち勝つ」との気概で作った曲が使われていることに、私は、裁判所にぴったりの曲かもしれないと1人納得してしまったのだった。